はじめに

Pocket

01 ご挨拶

大阪を中心に活動中のフォーチュンカウンセラー。西洋占星術、タロットカード、アロマセラピーで自分らしい人生を模索する方に寄り添います。

はじめまして。サロンの主、楓香(ふうか)と申します。
大阪を中心に活動しているフォーチュンカウンセラーです。
プロになって10年、占いに触れたのは小学生でしたからかなり長い間、アマチュアでした。
これまで自由に生きてきて、自分の道ってなんだろう?私って何ができるのかな?と日々模索し続ける毎日を送ってきて、その中で様々なものと出会い、学んできました。
今、私はそんな毎日の中から自分の内側に残った貴重な物たちに突き動かされて生きています。
5年前には乳がんという大きな病気も経験し、新たに生まれ直した気分でいます。
そんな私が今、最もやりたいことは、かつての自分のように生きることを諦めたくない方の心に寄り添うこと。
そう思ってこの場所を作りました。
生業(なりわい)がコンピューターなのでオンラインで、自分のサロンを作りました。
実際の活動も今後、どんどん大きくしていきます。
そして一人でも多くの方に、私がこれまでに感じたささやかな、でも、大事だと思える事を伝えていきます。
どうか私に会いにいらしてください。
あなたの人生を、諦めないために一緒に考えていきましょう。

2018年10月27日 サロン・ド・フォルトゥーナ主催 楓香

02 いままでの楓香

私の半生記ですので興味がなければぜひ読み飛ばして03へとお進みください。
いや、ほんとに…つまんないから(汗)

196x年 大阪市生まれ。遂に半世紀生きてしまいました…
両親と祖母、兄の5歳下の長女として生まれました。

幼い頃は家族や親戚に囲まれた環境で、大事にしてもらいました。
ただ、母親にはなかなか甘えられず、専ら甘やかしてくれた父親に懐き、見事なファザコンに(汗)
当時同居していた母と祖母(母から見たら姑)の確執がわかる年になると余計に、母との距離感を感じて成長しました。
母が兄ばかり可愛がっていると感じていたことも。
ただ、食べる事に困ったことはなく、旅好きの両親(後に父親だけと判明・笑)のおかげで幼い頃からいろんなところに連れて行ってもらいました。
小学校に通い始めて、友人に教えてもらった図書館にハマり、その後、中学生になるまで毎週末通いました。
読んだ本はのべ1万冊を越えていたと思います。

そんなに読む暇があることでお察しの通り(汗)、結構ないじめられっ子のまま、小学校を卒業。
その後進んだ中学も地元だった為、環境が改善されることなく義務教育を終了しました。
私自身ではいいことの無い小中学校の記憶でしたが、少ないながら友人もできて今もお付き合いしています。
家に帰れば塾や習い事もさせられることなく、好きな本を好きなだけ読むことができていたので、追い詰められることがなかったのだと思います。
活字中毒だったので、この頃の夢は小説家でした。
ただ、書くものは好きなアニメや漫画の妄想続編(苦笑)ばかりで、オリジナルはわずか2,3本しか書けなかったです。
それでも自分には文学しかない、と思い込んだ挙句、適当に選んだ高校(失礼)を経て、親を(結果的に)騙して大阪芸術大学に入学しました。
※このあたりの事情は聞いていただければ軽率にしゃべります(笑)

大学生活はとても楽しく、恋もいくつか(見栄張り)経験しました。
結局、遠距離恋愛になった彼氏に会う金欲しさに始めたアルバイトで知り合った人と結婚する(?)まで、
結構いろんな経験をしたと思います。
新卒で入社した会社に半年で倒産されたり(汗)、修羅場…も経験しましたっけねえ…もう忘れてしまいましたが。
その後拾われた会社も1年半で退社して、結婚後、すぐに長女を授かり、以降30代まで専業主婦でした。
その間、次女、三女と年子ではないものの立て続けに授かり、家も建てて20代終了。

その頃の私は忙しいけれど「空っぽ」でした。
元々子供があまり好きではなかったのにいつの間にか3人も生んで、外へ出かけるのも大仕事…
夫婦仲は悪くはなかったですがあまり幸せを感じてはいませんでした。
ただうちも夫の家族もよくしてくれていたので辛うじて乗り越えられました。
そのうち夫婦の問題が表面化し、元々すぐに体調を崩す夫が40歳で会社を辞めてから、ますます私はどうしたらいいのか、ずっと自分のできることを探し続けていました。
夫は真面目だと思っていたのに、会社を辞めてからは正社員になることはありませんでした。
その間、私はパート勤めで社会復帰後、MOUSE(今のMOS)の資格を手始めにIT業界で働き始め、派遣社員になると本格的に自分のスキルアップを目指しました。
その間も夫がパニック障害に掛かっていることや、自らを偏屈と言って、夜中に起きて日中は寝ている毎日で、家に居ても家事はなにも片付かず…私は働きながらずっと家にいる夫の分の家事もやり続けました。
子供もまだまだ手が掛かり、私の不満はピークに達していました。
このままでは自分はダメになる、とそれまで以上に自分のキャリアを模索し始めました。

ITの方ではVBAを覚えてAccessとExcelは上級者まで達し、Webデザイナーを目指し始めました。
ただ、技術は覚えられてもアイデアもなければAとBのどちらがいい?と聞かれてもよくわからない(汗)ので自分で自分に失望しました。
やっぱり私は開発向きだ、とプログラマーを目指しましたが、できたのはPHPやJs止まりで、JAVAやRubyなどは理解できず、そちらでも挫折を経験しました。
それでも、諦めなければいつかは何とかなるかもしれない…とあがいていました。

同じ時期に息抜きというか自然と求めて行ったのがスピリチュアルの世界でした。
京都のイベントで熊倉啓子先生と出会い、チャネリングを学びました。
チャネリングの練習をするうち、子供の頃に慣れ親しんだ占いの世界を思い出したのです。
タロットカードや占星術、数秘術、魔女術(ウイッカ)に憧れて当時、結構なお値段をしたはずのアレキサンドリア木星王先生の通信教育も取り寄せた事もありました(笑)
かつては自分の傍にあった、そういう世界を忘れていたのです。
大人として、今の社会を生きていく為には不要だと思っていたのでしたが、チャネリングを学ぶ中で私自身もかつて、直感と膨大な知識の中から特別な感覚を得ていたことを思い出したのです。
それは30年ぶり位の衝撃を私に齎しました。

チャネリングクラスは私にとって、新鮮な驚きと懐かしい感覚を呼び覚ましてくれました。
思えば、子供が小さい時に飴玉を強請られて、それも様々な味が入っている袋の中から手の感覚だけでイチゴ味を探して取り出すというようなことをやっていたのを思い出したのです。
その手の感覚はサイコメトリーというのだと、この時初めて知りました。
その後、久しぶりに取り出したタロットに触れていたら、それまで本を見ながらでないと分からなかった意味が自分の中に「ある」感覚を味わいました。
チャネリングにより、そういった微細な、でも確実な感覚を呼び覚まされていった時点で、私は占いともう一度向き合う決心をしました。
幸い嫁入りと引っ越しを経ても残していた、占いの本を元に独学し始め、2009年の12月、思いがけないご縁がつながって週に一回、タロット占いを阿倍野のカフェでさせていただくに至りました。

03 フォーチュンカウンセラーとしての略歴(2018.9月現在)

2009年よりプロとして活動を開始。
当初カフェドカシュカシュ(あべのベルタ1F※現在は閉店)で週末だけの鑑定活動から始め、
その後、各種ヒーリング系イベントへの出展やサロンに招致頂いての鑑定等を行う。
2011年にヤングリヴィング社のエッセンシャルオイルと出会い、
阿倍野区民センター等でアロマ誘導瞑想の会や、整体院でのプチセミナーなど、
占いだけではなくアロマセラピストとしても活動を始める。
2013年に乳がんを患い休養するも、2014年末、占い館アナスタシア(大阪駅前第3ビル)の出演から活動を再開。
その後は体調重視でイベント出展等も長く行わなかったが、2018年1月の開運おまかせフェアで約5年ぶりのイベントにも出展した。
現在は各種ヒーリングや整体サロン様から招致頂いての活動や、自身でもコラボイベントを企画し、兼業セラピストから脱却すべく着々と活動を拡大中。

04 お仕事の実績

○上記03に記載したもの以外

メディア関連
2012年より月刊えふ誌で「毎月のマンダラタロット」執筆連載中

過去のイベント
癒しスタジアム(2010年~)
すまいるはぁと(2010年~2013年)
堺食協フェスタ(2013年)
開運おまかせフェア(2018年)

○修了したもの
チャネリングコース(ライフパスカウンセリング)
カウンセリング基礎講座(東京プロ心理カウンセリング協会)
ヒューマンデザインアソシエイト(ヒューマンデザインジャパン)
アロマセラピー検定1級(日本アロマ環境協会)
※アロマ検定を除いたこれらは現在、当サロンのメニューには入れておりません。
これらのセッションをご希望の際は、現在セッションが可能な方をご紹介させていただきます。

更新日:

Copyright© Salon de fortuna , 2019 All Rights Reserved Powered by STINGER.